課税企業から見たインボイス制度
インボイス制度とは、正式には適格請求書等保存方式といい、インボイス(適格請求書)を交付・保存することで仕入税額控除を受けられる制度です。売り手側は税務署でインボイス発行事業者としての登録を受けなければインボイスを発行することができず、買い手側はインボイスを受け取らなければ仕入税額控除を受けることができません。また、インボイス発行事業者になるためには、売上金額にかかわらず課税事業者になる必要があります。
インボイスには、発行事業者の氏名もしくは名称および登録番号、取引年月日、軽減税率の対象品目がある場合にはその旨も記載した取引内容、税率ごとに合計した対価の額および適用税率、消費税額などを記載しなければなりません。インボイス発行事業者の登録を受けるだけでなく、要件を満たした請求書を作成する必要があるでしょう。なお、小売業や飲食店業など不特定多数の相手と取引を行う一部の事業者は、書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称、税率ごとに区分して合計した対価の額における適用税率を省略し、税率ごとに区分した消費税額等の記載を適用税率の記載で代用できる簡易インボイスを発行することも可能です。
買い手となる課税企業から見れば、これまではどの請求書でも問題なく仕入税額控除を受けられていたものが、インボイスでなければ控除の適用を受けられなくなってしまいますので、同じように取引をしていても納税額が増えてしまう可能性が高くなります。また、インボイスの要件を満たした請求書を作成するのは売り手側ですが、買い手側は受け取った請求書が要件を満たしているのか確認しなければなりませんし、免税事業者から請求書を受け取った場合にはインボイスとは別に管理・計算しなければなりません。書類の整理や経理において、従来よりも負担が大きくなると考えられます。導入してからしばらくの間は経過措置が行われますが、その分免税事業者については毎回仕入控除税額を計算する必要が生じます。このように、仕入税額控除や経理の負担を考慮すると、将来的にはインボイス発行事業者に優先して発注する企業が増える可能性が高いです。
インボイス制度の導入は、2023年10月1日からの予定です。課税企業は自社のインボイス発行事業者の登録に加え、取引先がインボイス発行事業者に該当するか確認しなければなりません。特に、中小企業や個人事業者、フリーランスなどの売上が1000万円を切る免税事業者の場合、インボイス発行事業者として登録するためには、本来必要がなかった消費税を納める課税事業者になる届出をする必要があります。取引相手の免税事業者が課税事業者にならず、インボイス発行事業者として登録しない場合、免税事業者のままでインボイス制度導入後も取引を続けるのか、新たにインボイス発行事業者と取引をするのか、買い手側となる課税企業が判断することになります。
フリーランスへの影響とインボイス制度のメリットとデメリット
では、フリーランスにとってインボイス制度が導入されることによってどのような影響があるのでしょうか。フリーランスの場合、自分が課税事業者か免税事業者か、そして取引相手が課税事業者かそうでないかによって影響の大きさが変わってきます。
#課税事業者であるフリーランスへの影響
まず、すでに課税事業者であれば、事務的な負担は増えますがインボイス発行事業者として登録を行い、請求書の準備をしておく必要があります。元々消費税の申告や納税が義務付けられていますので、税金面での負担は変わりません。事務手続きに関しては、インボイスに対応した請求書の様式を準備しなければならないので、しばらくの間は混乱が生じる可能性があります。しかし、取引先からすれば今まで通りに仕入税額控除が受けられますので、継続して取引を行うことができるでしょう。
#免税事業者であるフリーランスへの影響
次に、免税事業者のフリーランスへの影響です。免税事業者の場合、そのまま免税事業者として消費税を納めずにいるか、課税事業者として届出をしてインボイス発行事業者に登録するかの選択肢があります。取引相手が個人や免税事業者ばかりの場合には、インボイス発行事業者になる必要性がそれほどありませんので、課税事業者との取引が増えていくまでは免税事業者のままでもほとんど影響はないでしょう。
一方、取引相手が課税事業者の場合には、自分と取引をした場合にインボイスを発行できず仕入税額控除の対象とならないため、同じ額で取引をしても先方に損失が発生します。その結果、インボイス発行事業者の同業者に仕事を依頼され、クライアントを失う可能性があります。取引相手として選ばれるためには、仕入税額控除分の値引きをしたり、あえて課税事業者になってインボイス発行事業者に登録したりする必要が生じるでしょう。しかし、取引を継続することができても、今まで納めずに済んでいた消費税の納税義務が発生します。免税事業者として課税事業者と取引をしてきたフリーランスにとっては、インボイス制度の導入で実質的に収益が減少するケースが増えるでしょう。
#インボイス制度のメリット・デメリット
インボイス制度は、フリーランスにとって金銭面でも事務手続きでも負担が増える可能性が高いです。しかし、逆に言えば免税事業者の同業者にとっても条件は同じということになります。インボイス制度で具体的にどのようなメリットやデメリットがあるのかを確認し、判断基準の一つにすると良いでしょう。
まず、インボイス発行事業者に登録することで、課税企業からの依頼を受けやすくなります。従来の取引先はもちろん、仕入税額控除の対象外となる取引先に発注していたクライアントと新たなつながりができることもあるでしょう。また、電子インボイスの導入も容易になります。これは電子データで作成された適格請求書のことで、インボイス制度では電子インボイスの送付や保管も可能になっています。請求書の作成や発送のコストを抑えることができるだけでなく、資料の保管や検索、整理がしやすくなる点もメリットと言えるでしょう。
一方で、課税事業者になる必要があるため、売上額に関係なく消費税を収めなければならなくなる点は大きなデメリットです。加えて、インボイス制度に対応した書式やシステムの導入などのコストも発生する可能性があります。場合によっては、免税事業者のままでいた方が高所得になるケースもあるでしょう。さらに、経理手続きでも負担が大きくなります。仕入れに関する請求書の振り分けや消費税の申告など、新たに追加される処理が増えますので、早めに準備しておいた方が良いでしょう。
免税事業者はインボイス登録をするべき?
課税事業者であれば、スムーズな取引のためにもインボイス発行事業者として登録しておく方が、メリットが大きいです。しかし、フリーランスの中には免税事業者も多く、手続きの負担や消費税の申告・納付などのリスクを負ってまで登録をするべきか、判断しづらいでしょう。このような場合、以下のポイントを判断基準にしてはいかがでしょうか。
#コストに見合う利益が得られるか
課税事業者との取引が少ない、従業員がいないので経理の手間が増えると受注できる仕事が限られるなど、売上や取引が多少減っても現状を維持した方が利益があると思われる場合には、急いで登録をする必要はありません。免税事業者の場合、登録日から課税事業者になりますので、2023年10月1日からインボイス発行事業者になった場合、10月1日以降の売上に対して消費税が発生することになります。当面は免税事業者のままで仕事をして、課税事業者との取引が増えてから登録したり、翌年度から登録したりするのも一つの方法です。加えて、納税額の軽減や補助金などの支援措置もありますので、登録をすべきか、どのタイミングで手続きをするのかよく考えて判断しましょう。
#社会的信用につながるか
競合する同業者が多い仕事や規模の大きい仕事を受注することが多い事業では、社会的信用がある取引相手を求められることも少なくありません。免税事業者は売上が1000万円に達していないことから、受注件数が少ない、あるいは経験が乏しいと判断されてしまう可能性があります。今までは免税事業者か課税事業者かを対外的に判断されることはありませんでしたが、インボイス制度が導入されてからは、インボイス発行事業者になっていなければ社会的信用の面で不利になることもあるでしょう。習い事の講師や美容師など、個人相手に単発の仕事を受注するフリーランスならばそれほど影響はありませんが、士業やクリエイターのように受注や依頼の継続に社会的信用を求められるような仕事であれば、インボイス制度の導入を積極的に検討したいところです。
#事業を拡大する予定があるか
フリーランスとして一定額の収入があれば、今後事業を広げていく必要がないという考えならば、目標の売上を達成できる内は免税事業者のままでも問題はありません。一方、クライアントを増やしていきたい、事業規模を広げていきたいという考えならば、いずれ課税事業者になる可能性が高くなりますので、早めにインボイスに対応できる体制を作っておくのも一つの方法です。実施後しばらくの間は2割特例などの負担軽減措置が取られることになっていますので、インボイス発行事業者として積極的に顧客を増やしていくと良いでしょう。
いずれにしても、免税事業者がインボイス発行事業者として登録をすべきかどうかは、ケースによって異なります。ただし、登録をするだけでなく、インボイス発行事業者として様々な準備や手続きが必要になりますので、できるだけ早い内に検討・判断をした方が良いでしょう。